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聖徳太子(せいとく たこ)


本日の北海道新聞に学習塾経営者の「やる気高め慶大合格 メンタル面と戦い方が鍵」という記事がでていました。

聖徳太子を「せいとくたこ」と読んだ生徒が、その後、「この子かわいそう。こんな名前つけられて」といったとか・・・。

この香水ぷんぷんの金髪高校生を慶応義塾大学に合格させたという内容の記事でした。

 長い間、高校教育に関わってきたので教育とはいったい何なんだろうと、退職後もよく考えます。

この金髪少女の例は、教育に成功した事例とみたらいいのでしょうか?

結論から言えば、私は成功事例の一つであると考えます。

しかし、多くの日本人があこがれる大学に如何に多くの人間を送り込むかを考える事が高等学校の教育の目的である

はずがありません。

 子ども一人ひとりの能力や適性は全く異なるわけですから、教育の内容や方法は全く異なります。 日本ハムファイター

ズの大谷翔平投手は大学でなく、球団での自らの成長の道(教育をうける道)を選びました。

 大谷投手の様に学校ではなく社会に出てから多くの教育を受ける事はたくさんあるのですが、教育を受け成長するどこ

ろか、安い給料で使い捨てられ、鬱(うつ)になったり、ひきこもったりしてしまう人もたくさん居る現状があり、学校での教

育は非常に重要であると思います。

 じゃあ、学校で何を教育すればいいのでしょうか。

一言で言えば、学校を出た後の長い自分の人生を、自分なりに満足のいくように送るため、の基本をしっかりと身につけ

させることでしょう。

 ここまでは誰も反対しません。

 しかし、これが具体論になっていくと考え方が多種多様になり、なかなか話がまとまらなくなってしまいます。

「愛情あふれる子供を育てる」 というのは高等学校の目標になるのでしょうか。 例えば東京大学が、「この子は愛情あ

ふれる青年だから入学させよう」となるのなら、学校の目標になるでしょう。 そんな訳がありませんから、愛情あふれる人

間を育てることはその人の人生においていくら重要ではあっても、学校の目標にはなりません。

 東大だけではなく多くの大学においても同様でしょう。 また一芸に秀でた者を入学させる事はあっても、それが大学入

学試験の基本方針にはなりません。

 しかし、AO入試が大きな割合を占めるようになってきている現状は、愛情あふれる子を見分けたい、一芸に秀でた者を

見分けたいという大学側の考えの表れとも考えられます。

 しかし、一方でペーパー試験を基本とする厳しい入学者選抜が実施され、世間で言われる優秀な大学はすべてこの

ペーパー試験を実施する学校に含まれています。

 人気が出て、選抜が行われる状況では、順位付けが重要になってきて、短時間でスピーディーな順位付けのためには

ペーパー試験にかわるものが存在しないのでしょう。

 そうであるなら、将来にわたって必要な学校で行われるべき教育内容が学校で本当に実施され、それが本当に身に付

いたかどうかを判定するペーパー試験が存在すればいいのですが、センター試験内容をみてもそのようには感じません。

 

 そのような中、12月22日、中教審が答申を出し、「大学入試センター試験を廃止し、知識の活用や思考力をみる《退学

入学希望者学力評価テスト》を2020年度から導入する」と発表しました。
 
  知識偏重からの脱却を図るとのことです。これは文科省が「生きる力を育む」という目標を掲げた前々回の学習指導要

領の時から全然変わっていないのですが、それを「総合的な学習の時間」なるもので実施するのがメインであったため、

大学入試はあいかわらず知識偏重のセンター試験が続き、高等学校もセンター試験対策の教育を重視し続けてきまし

た。 しかしここ3~4年。「大学入試が変わらなければ、日本の教育は変わらない」ということに、行政トップも気づき、そ

れが今回の改革につながったわけです。

 これが実施されれば大改革です。

 しかし知識の活用力や思考力をみる《大学入学希望者学力評価テスト》は記述式の解答とのこと。今までのように

マークカード方式のように機械で採点できるものではありません。誰がどのように採点するのでしょうか?物理的に不可

能のように見える部分もありますので、この大問題をしっかり克服してほしいものです。

 反対勢力は大勢いることでしょう? 日本人は細やか、悪く言えば、小さな事にこだわり過ぎるところがあります。

875点は東大合格、874点は不合格というような部分にこだわらず、最終的には面接官の目を信じる事が大切であると

考えます。それでも、高校の先生方は何をどのように教育するか大変なことになるでしょう。

 頑張ってほしいと思います。

「今はこのような勉強は全く役に立たないように感じるかもしれないけれど、将来必ず役に立つんだ!」と言い訳して、教

科書を教えているような事がまだ日本中でまかり通っています。

 中教審に拍手です!!
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